営業職として第一線で働く田中さん、三十五歳。彼の最近の悩みは、クライアントとの商談中にふとよぎる、相手の視線だった。自分の額を見られているのではないか、あるいは、薄くなってきた頭頂部を値踏みされているのではないか。そんな考えが頭をかすめるたび、彼は自信を失い、本来のパフォーマンスを発揮できないことがあった。特に、雨に濡れた日や風の強い日は最悪だった。髪が地肌に張り付いて薄さが際立ってしまうのではないかと、一日中気が気ではなかった。毎朝、鏡の前で髪をセットする時間は、日に日に手強くなる現実と向き合う憂鬱な儀式と化していた。そんなある日、会社の同僚から「田中さん、ノコギリヤシっていうサプリ、試してみたら?」と声をかけられた。その同僚も以前は同じ悩みを抱えていたが、最近少し髪に元気が出てきたように見えたのだ。最初は「健康食品で髪が生えるわけがない」と、彼は懐疑的だった。しかし、同僚が自身の体験談を交えながら、その成分が男性ホルモンに働きかける仕組みを熱心に説明するのを聞いているうちに、ほんの少しだけ心が動いた。専門的な治療を受けるほどの勇気も時間もないが、これなら自分でも始められるかもしれない。その日の帰り道、田中さんは決心してドラッグストアに立ち寄り、数ある製品の中から一つを選び、ノコギリヤシのサプリメントを手にした。小さなカプセルを毎日欠かさず飲む。ただそれだけの、ささやかで静かな挑戦が始まった。最初の数週間は、予想通り何も変わらなかった。やはり気休めに過ぎなかったかと、諦めの気持ちが芽生え始めた頃、彼はシャンプー中の手のひらを見て、ふと違和感を覚えた。いつもなら指にびっしりと絡みつく抜け毛が、明らかに少ない。翌日も、そのまた翌日も、彼は注意深く抜け毛の量を確認した。やはり、減っている。劇的な変化ではない。しかし、確かな手応えがそこにはあった。さらにひと月が経つ頃には、髪を乾かす際に根元がふんわりと立ち上がるような、わずかなハリを感じるようになった。鏡の中の自分を見ても、まだ大きな違いは分からない。それでも、彼の心の中には、小さな、しかし力強い希望の芽が確実に育ち始めていた。彼の挑戦が最終的にどのような結果をもたらすのかはまだ分からない。だが、行動を起こしたことで得られた前向きな気持ちは、すでに彼の日常を、そしてクライアントとの会話をも明るく照らし始めていた。