かつて私は朝起きて洗面台の鏡を見るのが何よりも恐ろしい日課であり照明の下で透けて見える頭頂部や排水溝に溜まる大量の抜け毛を見るたびに胸が締め付けられるような不安と絶望に襲われていました。四十代に入り仕事も家庭も忙しさのピークを迎えていた頃ふとエレベーターの防犯カメラのモニターに映った自分の頭を見て愕然とし「あのおばさんは誰だろう」と目を疑ったのが薄毛の悩みの始まりでした。それからは人の視線が常に自分の頭に向けられているような被害妄想に囚われ電車で座ることを避けたり風の強い日は外出を控えたり帽子なしではゴミ出しにも行けないほど心が萎縮してしまいました。美容室に行くことさえも億劫になり「薄毛だと思われたくない」「触れられたくない」という一心で足が遠のきボサボサの髪をひっつめるだけの毎日を送っていましたがそんな私を変えてくれたのはある女性美容師との出会いでした。勇気を出して予約した個室のあるサロンで彼女は私の悩みを否定することなく「四十代の女性の二人に一人は同じ悩みを持っていますよ」と優しく語りかけ薄毛をカバーするカットやスタイリングを提案してくれました。その時初めて私は自分一人だけが特別な病気にかかっているわけではないのだと知り肩の荷が下りたような安堵感を覚えました。彼女が教えてくれたのは薄毛を隠そうとして髪を伸ばし続けるよりも思い切って短くした方がボリュームが出て若々しく見えるという事実でありそのアドバイス通りにショートボブにした私の姿は以前よりもずっと明るく活動的に見えました。それ以来私は育毛ケアを続けながらも薄毛であることを過剰に隠すのをやめウィッグや帽子をファッションとして楽しむ余裕を持てるようになりました。不思議なことに私が堂々としていると周囲の人は私の髪のことなど全く気にしていないことに気づき、薄毛というコンプレックスが私の価値を下げるものではないと理解できるようになりました。今鏡の中にいる私は完璧なフサフサの髪ではありませんが自分を受け入れ笑顔でいることができます。悩み苦しんだ経験があるからこそ同じ悩みを持つ人の痛みがわかり、外見の変化に振り回されずに内面の美しさを磨くことの大切さを知ることができた今の自分を私は好きだと言えます。